米格付会社のスタンダード.アンド・プァーズ(S&P)は2005年5月、GMとフォード・モーターの長期債格付けを投機的水準に引き下げた。
この結果、GMはダブルBになり、元利払いの安全性の低い「ジャンク債」となった。
これに先立ちムーディーズ・インベスターズ・サービスも格付けを引き下げており、信用力が一段と低下して資金調達で不利になっている。
これに対し、手持ち資金が豊富で、トリプルAの格付けを得ているT社は金利コストが上昇する懸念は小さい。
T社の躍進に対し、GMも黙っているわけではない。
「われわれも競争力強化に力を入れる」・デトロイトモーターショーでT社の台頭についてコメントを求めた私に、GMのリチャード・W会長は胸を張って答えた。
「過去75年、GMはリーダーであったし、これからもり‐グーであり続ける」。
バスケットボールを今でも楽しむ長身のWの堂々とした語り口によどみはない。
米ハーバード大で経営学修士を取得し、1977年に財務部のアナリストとしてGMに入社したWは、GMの伝統的なエリート部門である財務部で頭角を現し、GMが大規模なリストラや労働組合とのあつれきなどの経営困難にぶつかった1992年に、最高財務責任者として抜てきされた。
経営危機に直面したGMの再建に向け、社内を一つにまとめあげた強いリーダーシップを認めたJ・S会長は、2000年にまだ47歳のWをCEO兼社長に任命した。
2003年、WはSが退いた後の会長も兼務し、外部の優れた人材を次々と採用して競争力の再構築に努めるなど、GMの復権に意欲的に取り組んだ。
Wは、世界最大の自動車会社のトップゆえに世界のリーダーであり続ける宿命を背負っている。
T社とGMは協調もしている。
その象徴が、両社が1984年にカリフォルニア州フリーモントに設立した合弁生産拠点NUMMIだ。
T社の張社長とGMのW会長は、2004年2月、NUMMIの設立二十周年をサンフランシスコで祝った。
記念式典で張社長は「両社の協調がなかったら今のT社はなかった」と述べ、W会長は「相互協力から学ぶことは多かった」と強調した。
1981年当時のGMは、米国内で462万台を生産し、米国以外に世界24カ所に生産拠点があった。
この年のT社の生産台数は約322万台、このうち172万台が輸出だった。
T社自動車工業とT社自動車販売を合併させて誕生したT社自動車の会長となったT田E二は、当時「GMの底力をあなどってはいけない。
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